〔出席委員〕
影山 貴彦 委員長、土谷 多恵子 副委員長
本渡 章 委員、二村 知子 委員、西川 秀昭 委員  

〔当社側出席者〕

岩田 潤  代表取締役社長
大幸 雅弘 取締役 兼 事務局長
嶋田 一弥 編成統括本部長 

戸谷 公一 プロデューサー

  第38回番組審議会 2月28日(月)開催

審議課題

『 笑福亭仁鶴 最後の落書き帖 』 12月29日(水)  19時30分~21時00分 放送

委員の主な発言

〈番組の評価点〉        

  • 全体に追悼番組のお手本とも言えそうな盛りだくさんでありながら散漫にならず芯のある構成で故人の芸とその人物像を伝え、さらには周囲の人との交わりまで垣間見させてくれた好番組だった。

  • 『ABCヤングリクエスト』時代の笑福亭仁鶴師のしゃべりをリアルタイムで聞いていたものの、メディアの人気者以上のイメージは正直言ってなかった。今回の審議番組を聞き、イメージは一新された。オンエアされた昭和46年(1971)の「初天神」は革命的だ。例えるなら落語界のパンクだ。これは最大級の誉め言葉のつもりである。

  • とりわけ心に残ったのは、上沼恵美子氏のお話。さまざまな感情が入り交じった中で、表層的でない、軽い話でまとめようとしない上沼氏の【本音】を垣間見ることができた。“畏れ多い”“はい、はい、はい”という挨拶に対する仁鶴さんの受け答え、そして“親しくなりきれなかった”こうした言葉こそがリアルに響くものだ。

  • アーカイブの大切さを改めて考えさせられた。落語二席、かつてのラジオ番組、おばちゃんブルースまで!とりわけ1971年ABCホールでの「初天神」は傑出していた。仁鶴さんがいかに凄い存在だったか、あの音源を聴くことで、その一端を知ることができる。あの“ゴー”という擬音が相応しいほどのお客さんの笑い、仁鶴さんの落語を知らない人が触れても、その大きさを実感できるだろう。若き作り手は日頃の番組制作をこなすことで精一杯な部分もあろうが、ぜひ普段から、かつての名物番組の数々を可能な限りチェックしておく必要性を感じた。番組作りに必ず生きるはずだ。

  • 亡き仁鶴師が長年レギュラーをつとめてこられた番組の最終回として追善するのにふさわしく、またABCラジオの70年を振り返る意味でもリスナーにとってぜいたくな企画の年末特番でとても聴きごたえがあった。

  • 今回の審議番組の最大の聞きどころは、仁鶴師の落語2席のライブ音源。これがあったので番組がぐっと引き締まり、ゲストの方々の談話が一層引立ち90分間の放送にじっくり耳を傾ける気持ちにさせる効果を生んだ。

  • 伊藤史隆アナウンサー、加明子アナウンサーの話の引き出し方も自然で、談話の編集も切れがよく彩りのある内容を最後まで心地いいテンポで聞けた。

〈番組の課題〉 

  • ラジオで仁鶴師のしゃべりを楽しませてもらった体験を共有しているリスナーの声をもう少し取り上げてもよかったのではないか。

  • 仁鶴師の良い話ばかりで、泣いたり笑ったり、怒ったりする人間臭い面が全く出てこないのに物足りなさを感じた。例えば、松鶴一門、師匠や兄弟弟子(鶴光氏、鶴瓶氏など)、仁鶴一門の裏話などがもう少しあったら、生身の仁鶴師を感じることができるのにと・・・。

  • 隆子夫人が番組に出られた時のエピソードなど楽しく聴いたが、お弟子さんの話が“大宴会が続く12,1月は破門にしてほしいという弟子がいた”というだけなのが少し残念だった。師匠として仁鶴師がどのように弟子を育てていらしたかを全体を通してあまり感じることができなかった。

番組制作側から

  • 仁鶴師はラジオから生まれた革命児だった。当時のAMラジオのフォーマットを破壊して新たなAMラジオ のスタイルを創造された方、そこはぜひ強調したかった。我々が今AMラジオでやっている様々なことは、仁鶴師が69年から70年代前半に作ったフォーマットからあまり変わっていない。今自分たちがやっていることは、まさに仁鶴師が作ったフォーマットなんだというところは、改めて紹介させていただいた。

  • 二本目の「池田の猪買い」はすごく悩み、実は今でも正解かどうか自信が持てない。実際、(弟子の)仁智氏には“え、これ流すの?”と言われた。なぜこれを選んだのかと言うと、70年代の仁鶴師が世間と戦っていた頃の、人生の前半の仁鶴さんの完成形を辿ると、これじゃないかなと思った。まさに仁鶴師のイズムというかこだわりが詰まっている一席なので、それを聞いてもらいたいなという思いからこちらを選択した。
  • ABCラジオも番組の新陳代謝をしていかないといけないところもあるが、一方でやはり文化を伝えるということを、アーカイブも含めどうしていくのか考えていかなければならない。今の時代、放送だけではなく色々な手段もあるので、放送もそうだが文化も伝えることを、先人たちが残してくれている局としては考えていかなければいけないと改めて思った。