第630回番組審議会は11月11日(金)に開かれました。出席委員と当社出席者は以下の方々でした。

〔委員〕
酒井 孝志 副委員長、道浦 母都子 委員、
星野 美津穂 委員、橋爪 紳也 委員、
淺井 栄一 委員、高見 孔二 委員、
北川 チハル 委員、古川 伝 委員

〔当社側〕
脇阪 聰史 社長、
松田 安啓 常務取締役、緒方 謙 取締役、
岡田 充 編成局長、木村 光利 コンプライアンス局長、
岩城 正良 制作局長補佐、飯田 新 プロデューサー、
戸石 伸泰 事務局長、北本 恭代 事務局員

審議課題

ABC創立65周年記念スペシャルドラマ『氷の轍』

<事前視聴 11月5日(土)午後9時~11時6分放送>

番組の良かった点

  • 演技派の女優陣が素晴らしく、ドラマに迫力を持たせていたと感じた。冒頭の吹雪や港等、映像の美しさが印象深く、最初から映画のような作りで引き込まれた。朝日放送が65周年にかける意気込みをものすごく感じた。
  • 殺人事件を扱うドラマが苦手で、普段は敬遠しているが、見始めてテレビの前から動けなくなるほど引き込まれた。子役も含め卓越な演技力、北海道の映像美、ギターの音色が絶妙に調和した音楽もまさに心の琴線に触れるものだった。
  • 普通のドラマと違って手の込んだ作品だと感じた。複雑な内容にも関わらず、わかりやすく描かれていたと思った。
  • 刑事ものなので、『相棒』のイメージと比較しながら視聴したが、現代的な『相棒』と異なり、松本清張の『点と線』のようなサスペンス的な深みがあった。
  • リンゴ箱に入れられ荷物として青函連絡船に乗せられ売られていく幼い姉妹。箱の中で泣く妹に姉が「憧れのハワイ航路」を歌って聞かせる場面にジーンときた。また氷上のスケート跡を映すシーンに、姉妹の不幸な人生、運命の非情さが象徴されていると感じた。
  • 北海道はすごく広いが、今回のドラマでは釧路-札幌間の距離感を、高速道路の映像と景色の変化等で表現しているのがとても良かった。主人公らが青森に捜査に行く時の行程を丁寧に描いているのも印象に残った。北海道を表していると感じた。
  • 先輩刑事役の沢村一樹さんの若干とぼけた感じの演技がすごく良くて、たとえば主人公の大門真由刑事(柴咲コウさん)の活躍で事件の点と点がつながった時に、刑事課長は「内野安打だろう」といったのを「二塁打でしょう」といい返すシーン等、効果的だと思った。
  • 北原白秋の詩「他ト我」が印象的だった。滝川信夫の姉妹に対する、姉の妹に対する「守ってあげたい」「助けたい」という思いが不器用に絡み合う悲しい結末に胸がふさがれる思いだったが、私はそこに溢れる愛があるから救われた気がした。

番組の課題

  • 内容に関しては素晴らしかったが、救いがないようなドラマだと思った。特に放送時間帯が『土曜プライム』や『土曜ワイド劇場』の枠で、今回のドラマは従来の番組とはかなり違う重厚さだった。いつもこの枠を見ている視聴者には衝撃だったろう。それを良いととらえるか、寝付きが悪いととらえるのかは、それぞれあると思う。
  • 北海道在住の作家・桜木紫乃さんに原作を頼めば、舞台は北海道になるに決まっている。65周年記念ドラマだから関西にこだわれという気はないが、桜木さんに頼んだ理由を知りたいと思った。
  • 65周年の作品が何故この作品なのかがちょっとわからなかった。65年というメッセージのような、テーマのようなものがもう少し見えても良かった。
  • 主人公の大門真由刑事は、きまじめでガードが堅く、打ち解けないキャラクターという紹介があったが、その個性の出る場面が若干少なかったように感じた。また、新米刑事なのに刑事の勘で犯人の身代わりを見抜いたところに少し飛躍があるのではないかと思った。
  • 自首した姉の兵頭千恵子(宮本信子さん)が、逮捕され護送される妹の米澤小百合(余貴美子さん)を追いかける場面で、「手錠のままではいくら何でもだめだろう」と思った。子どもの頃、生き別れにされた妹を追いかける場面と重ね合わせていたが、手錠をはずした姿の方が良かったのではないか。
  • 回想シーンの大学生の滝川信夫は幼い姉妹に好かれるやさしい兄ちゃんだったのに、その後タクシー運転手として登場した滝川信夫はすごく怖い感じで、同一人物なのにキャラクターがあまりにも違う気がした。
  • 何で米澤小百合は娘の結婚式で捕まるのか。作る側が、わざと悲しくさせているのではないか。そこがすごく意図的で、重いのは構わないが、周年ドラマは重く作らないといけないように思っているのではないかという気がした。
  • 最近、「嫌ミス」、嫌な感じの後味がするミステリーが流行っている。昔、犯人は絶対悪い奴だったが、だんだん犯人が良い人になってきた。犯人側の理屈とか理論に大きく偏りすぎるから後味が悪くなる。そこはちょっと考えた方が良いのではないか。
  • キーワードが「屈託」と北原白秋の詩と二つ出てくるが、「屈託」は普段「屈託がない」くらいしか使わないのでピンと来ないところがあった。白秋の詩は誰が読んでもわかるし、物語を象徴しているような内容だから、あれをもう少しうまく使った方が良かった。
  • 物語が少しクラシックな作りではないか。人買いがいたり、ストリップ小屋の女性が出てきたり、もちろんそういう歴史があって今の私たちがあるのだが、別れた姉妹が最後に会うとか、結婚式で逮捕とか、既視感があった。
  • 2人の姉妹の運命と顛末は番組内で伝えるにはあまりにも重く、そのことを察した視聴者はどれくらいいただろうか。殺人に訴えねばならなかった人生、いわば推理ドラマの「肝」である「殺意」の存在と意味は、制作者が狙ったように視聴者の心に落ちただろうか。

番組制作側から

  • 桜木紫乃さんが直木賞を受賞する前の2013年に原作を依頼して、そこから瀧本智行監督とプロデューサーの3人でゼロから作り上げていった作品。最初に桜木さんと我々とで物語の骨子の部分は強く共有したが、ドラマと小説は結末が異なる。しかし、読後感や視聴後の感想に大きな隔たりはないのではないかと思っている。
  • 何故、桜木紫乃さんだったかについては、彼女の小説をデビュー作からずっと読んでみて、人間の掘り下げ方が素晴らしく、濃密な人間ドラマが書ける人だと思ったから。最初から北海道を舞台にした物語にするつもりはなかったが、やはり桜木さんのアイデンティティである釧路を舞台にした小説になった。そういう意味では、当社の65周年に直接何かあるということではないが、周年だからこそ噛み応えのあるものを世の中に届けたいというのが制作者としての一番の思いだった。
  • カメラ自体は特殊なものを使っていない。ただ、撮った後の編集で、色を調整したり、全体ではなく画面の一部分を暗くしたり明るくしたりするグレーディングという作業に時間をかけたことが「映画的だ」と評価されたことにつながっているのではないか。
  • 救いがない物語を作ったつもりはなかった。最後に兵頭千恵子が護送車に乗って、横に大門真由刑事がいて、二人で「他ト我」を暗唱する。それが終わった時に光が差しこんでくる。実はあれが「この物語の希望の光」のつもりだった。あのカットは自然光で撮っており、夕陽とセリフとドライバーのタイミングがとても難しく、撮影に2日かかった。制作者のこだわりであり、エゴかも知れないが、少しでも「希望」を感じてもらいたかった。
  • 最初に物語を作ろうとした時、「孤独」と「屈託」とは別に「全員が悲しい善人」というテーマがあった。滝川信夫が殺されてしまうのも、米澤小百合に明確な殺意があったわけではなく、「何か悪いことが起きるのではないか」という恐怖を自分の中で増幅させてしまって、良かれと思って近づいて来た滝川をたまたまカズノコ工場にあった包丁で刺してしまう、ある意味突発的な事故のつもりだった。そこが伝わりにくかったのは反省すべきところだと思う。
  • 2時間のスペシャルドラマの放送は、『土曜ワイド劇場』の2時間を借りるか、日曜午後9時からの2時間を借りるかという話になってくる。『土曜ワイド劇場』の視聴習慣がついている土曜日が良いのか、それとも特別感を出すために日曜日あるいは他の曜日が良いのか、今後の検討課題だと思っている。

以上